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zoom RSS 第37話   いつかは母校の・・・。

<<   作成日時 : 2007/03/08 02:56   >>

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 私の通った高校は市内の某商業高校だ。2才年上の兄が市内普通科に通学していて、勉強で苦労している姿を目にし、同じ高校へ行く気持ちにはなれなかった。 商業高校に入った私は、運動部に入らず2年生から進学コースに進んだ。 3年の7月に進路についての調査があった。 3年次に体育の担当になったM先生は50歳半ばで、人間的な大きさを感じさせ普通の教員とは違った雰囲気を持っていた。※大学に入学して分かったがあの体操日本の礎を築いた人だった。 2、3年生と体育委員に立候補した運動大好きの私は、体育の教員になることを決意した。 担任にそのことを告げると少し驚いて 「それならM先生のところへ相談に行きなさい」 と言った。私はM先生の前で 「体育の教員になりたいので日本体育大学に行きたいと思っています。」 すると少し考えて 「そうか、それなら行けば良い」 と言ってくださった。 中学、高校と運動部に所属せずにいた私に対して、普通なら 「運動部にも所属してなくて何言ってるの」 と門前払いをするのが普通だ。 私の現在があるのは、天職と感じられる体育教師でいれるのは それなら行けば良い」 との言葉からだ・・・。 2月末頃だったか一般試験を見事クリアーした私はサッカー部に入った。 初心者の私は、厳しい学生寮で4年間を過ごし、猛練習と現在では大問題になるような無茶苦茶なしごきに耐え、2軍のままで卒業した。 サッカー部の寮生は18人入部したが1年間で3人だけになった。 私はやめる事など微塵も考えなかった。 退部してオメオメト母校の土は踏めない。 大学時代は部が長期の休みになると翌日には母校に顔を出し、必ず体育教官室に大学生活の報告に行った。 そしてサッカー部員と練習をする事を私は4年間繰り返した。 教育実習で多くの生徒や先生方と接して、教師としての魅力を再確認した。 実習の打ち上げでM先生は私にこう言ってくださった。 [お前はオレのように大物にはなれないが、良い教員にはなれるだろう」 体育教師への道を決意させてくれた母校の教壇に立つ事は私の生涯の目標となった。 

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